仲人士の久保田です。
自己紹介という感じでもないのですが、
ときどき、私「久保田 悦子」という人について
お話をしていきたいと思います。
私の父はかつて、大手の金融機関に勤めておりました。
高度経済成長期と呼ばれる時代に、大企業の中で働く企業戦士というのは
ごくごく普通に「転勤」→「出世」に繋がるという絵図が
当たり前にあったようで、確かにその時代には
新学期になると必ず「転校生」と呼ばれる新入生が、
ひとりぐらい黒板の前で自己紹介をするのが普通の光景でした。
そんな父を持つ私は、例にもれず転勤ジプシーファミリーの一員。
2~3年ぐらいのサイクルでそれはやってきますから
小学校も、中学校も、高校も、大学以外は一度も
入学した学校を卒業できなかった人です。
「うちはこんな家だから仕方ない」と
子ども時分から割り切っていたのか、変に冷めていたのか
転勤=転校を『絶対に嫌だ!』とは不思議に思わなかった。
確かに仲良しの女友達や、ちょっと切ない初恋をしたボーイフレンドとも
何年か過ぎたら「いつかはサヨナラする人」になる!
そう思って付き合うのはちょっと寂しかったけれど。。。
「いろんな土地に、いろんな思い出があっていいね」
と言われると、ほんとうに「そうだなー」と思うし、
今の私は、まぎれもなくそこから作られてきたのだと
自分でもストンと納得してしまうくらい、
私は「初めまして」をすることにアレルギーが無い。
特技なのかなぁ、とも思うし
こんな経歴をもつ私だからのなせる技のようにも感じる。
でも、幸いなのは、私がこの「初めまして」を
嫌いじゃないということです。
こんな風にして、私という人は作られてきました。
でも、本当はいいことばかりじゃ、なかったんですけどね・笑
いまさら変えることのできないものをいちいち言わないだけです。
ひとり娘の私に、と母が作ってくれた成人式の着物、
式になんか行きたくない!着物なんて着ない!
と当時母をすごく困らせました。
本当は着物が着たくなかったんじゃなくて、私には
その土地には一緒に成人を祝える『幼馴染み』が居なかっただけ。
「独りで行くのは寂しいから」、
行かない本当の訳を母に言って困らせたくなくて
言わずに居てた私の気持ちを知ってる娘は
4年前、自分の成人式で私の振袖を着てくれました。
孫の晴れ姿を見に来阪した母も大層喜んでくれましたし、
何より、そう!
私が一番感動しました。
こんな素敵な着物を私に贈ってくれたわが母と
、
私と母の想いを汲んでちゃーんと成長してくれたわが娘に。
「結婚式で、もう一回着るね」
と娘がいっていますので、その日が一日も早く
やって来るのを心待ちにするとします。
今の時代なら、「お父さんが単身赴任したらいいやん?」
で簡単に終わってしまうような話でしょうね~
これはうちの家族が特別だったんじゃなくて、
家族はいつも一緒!にいるのがあたりまえだと
そう思えていた時代の家族の話です。